ゴミ掃除の細胞生物学: 生体内不良タンパク質・オルガネラの品質管理機構

ゴミ掃除の細胞生物学 (板倉)

生体内のタンパク質は常に代謝回転する。しかしタンパク質に対するストレスや遺伝子変異、タンパク質分解機能の低下は、不良タンパク質蓄積を高める。不良タンパク質の蓄積は、老化や神経変性疾患などの要因となる。不良タンパク質のような害悪なゴミをどのようなメカニズムによって分解へ導くことができるのか?その謎を解くため、私たちはシャペロンや蛍光プローブを利用した分子細胞生物学・生化学的な実験を主軸に、哺乳類などの細胞培養系やマウスを用いて、不良化したタンパク質やオルガネラの認識と分解を担うオートファジー・リソソーム系を中心としたタンパク質品質管理システムの研究を進めている。

現在の研究

細胞外タンパク質、血漿タンパク質、小胞体、ミトコンドリア、分泌顆粒、巨大タンパク質複合体、など千差万別に存在する生体内不良タンパク質に着目し、如何にして形・場所の異なる不良タンパク質が正常タンパク質から識別され、分解へと導かれているのか調べ、タンパク質品質管理システムの分子メカニズムの解明を目指している。

これまでの研究

細胞外タンパク質品質管理の研究

新規細胞外タンパク質分解経路CREDの研究

タンパク質は細胞内だけでなく、ほ乳類では細胞外にも多量に存在し機能している。閉鎖血管系動物の生体内では、タンパク質は細胞外でも循環して機能しているが、その品質管理機構は全くわかっていない。我々は、ほ乳類培養細胞を用いて細胞外のタンパク質分解システムを探索した。その結果、細胞外シャペロンClusterinは細胞外の変性タンパク質と結合し、Clusterin-変性タンパク質複合体が細胞内にエンドサイトーシスによってリソソーム分解することで細胞外変性タンパク質を分解する経路を発見した。網羅的遺伝子スクリーニングから、ヘパラン硫酸がClusterin-変性タンパク質の細胞膜表面受容体としてはたらくことを突き止めた。さらにこの経路はアルツハイマーの原因タンパク質アミロイドβの分解にも関わっていることが示唆された。細胞外シャペロンと受容体が関係するこの経路をCRED (Chaperon and Receptor-mediated Degradation)と名付け、さらなるメカニズム、生理的役割を解析している。(Itakura et al., JCB 2020) (プレスリリース) 。

細胞内タンパク質品質管理の研究

ミトコンドリアストレスセンサーMito-Painの開発と解析

異常ミトコンドリアの増加は、神経変性疾患や癌などの病態発生と関連するがどのようなストレスがミトコンドリア異常をもたらすのかあまり理解されていない。我々は、PINK1タンパク質と蛍光タンパク質を組み合わせたミトコンドリアストレスセンサーMito-Painを開発した。Mito-Painを発現させた細胞を用いることで、様々なミトコンドリアストレスを定量的解析にかつ可視化することに成功した。さらに本センサーを利用することで、ミトコンドリアストレスを引き起こす様々な化合物を同定した。(Uesugi et al., JBC. 2021) (プレスリリース) 。

リソソーム分解活性プローブLysosomal-METRIQの開発と解析

ほ乳類リソソームの異常はオートファジーやエンドサイトーシス、細胞内膜系など多くの細胞内機能に影響する。そのため、それぞれの機能解析においてリソソーム活性を定量的に測定することが重要であるが、その測定法は限定的であった。そこで我々は、簡便かつ低コストでほ乳類培養細胞のリソソーム活性を測定できるプラスミドベースの蛍光タンパク質プローブlysosomal-METRIQによるリソソーム活性測定法を開発した。本プローブを発現した細胞をフローサイトメーターまたは蛍光顕微鏡で観察することで、リソソームの活性増減を簡単に解析できるようになった。(Ishii et al., Scientific reports 2019) (プレスリリース) 。

Forcedリポファジーによる脂肪滴分解システムの開発

オートファジーはタンパク質のみだけでなく細胞内の脂肪の分解も担っており、リポファジーと呼ぶ。脂肪滴とオートファゴソーム膜の両方に局在する人工タンパク質LD-APを作出し、自在にリポファジーを誘導できるシステム(forcedリポファジー)の構築に成功した。このシステムを利用することで、マウス受精卵発生に脂肪滴が重要な役割を担うことを明らかにした。(Tatsumi et al., Development 2018) (プレスリリース) 。